倭と日本

 邪馬台国は何処に!
  田和山サポートクラブ 副会長 堀 晄

古事記神話の巻に出てくる地名を現実の地名と対照すると、
30%は九州、28%は山陰、畿内9% (安本美典「邪馬台国は福岡県にあった)

日本神話の舞台は
出雲(伊弉冉の埋葬、黄泉平坂、素戔嗚の五十猛上陸、結婚と国作り、大国主の国譲り)と
九州(伊弉諾の禊ぎ、神々の誕生、天孫降臨)

神話の世界を離れて古代日本をを考えると、邪馬台国問題が大きくのしかかる。
邪馬台国は日本書紀や古事記には出てこない。
記述されているのは中国の史書(24史)であり、それを基本として探っていく(客観的な記述が多い)。

邪馬台国については
①畿内説と ②九州説があることはよく知られている。
①は考古学者のほとんどが支持、 ②は古代史や中国史を扱う学者が支持している。
私は九州説に立つが、一般の九州説とは立場を異にする。

①説にしろ②説にしろ、中国24史を自分の都合の良いように捻じ曲げて解釈している。
その典型が志賀の島発見の金印の字解である。
教科書には「漢の倭の奴国王」と読まれており、日本中の学者もそれを了としている。これは日露戦争前に三宅米吉氏が書いた随筆の中の解釈で、考証を重ねた論文ではない。
金印の印面を「漢の倭の奴国王」と読む三宅案をすべての学者が了解する。そして福岡湾沿岸の儺県(なのあがた 律令時代の地名)、那津(なのつ)に比定する。

しかし、元になる『後漢書倭国伝』には
「金印を授かったのは倭奴国で、倭の極南界にあると」記されている。
九州の北岸に倭奴国は比定できないのに、すべてスルーしてきた、倭奴国は倭の極南界也とされる。ここでいう倭、倭奴国の意味を探る必要がある。

(続きは、下記のPDFファイルから)

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